Knowing yourself is the beginning of all wisdom.
Aristotle
自分を知ることは、すべての知恵の始まりである。
アリストテレス
私はこれまでの人生、ずっと自分に蓋をして、偽物の自分で偽物の人生を生きてきた。
だけど、休職したのを機に「本当の自分」というものを知る取り組みを開始したの。
始めてみたら、
「えっ、自分ってこっち側の人間だったん〜〜〜????」
という発見の連続でした。
そして今思うのは、「自分を知る」ことをしないと自分の人生は始まらないんだっていうこと。
繰り返すけど、「自分を知る」これをまずしないと何も始まらない。
本当に、これでしかない。
自分の人生を生きたいのなら、これをしないと「始まる」ところにすら辿り着かないのよ。
ざっくり「自分ってこんな感じの人間だな〜」って捉えてたものが、実は全く違うってことはよくある。
それは、親とか家族とか環境とか社会とか・・・・
そういうものにガチガチに縛られてしまって本当の自分が分からなくなってるから。
あとは、「自分とは正反対のものに対する憧れ」っていうのもあるかもしれない。
だから正反対の人間になろうと努力してみたりとか。
私は、長女として生まれて、教育ママの母親に育てられて、真面目な優等生として生きて、いわゆる進学校というところへ行って、もうその過程で自分が何なのかなんて分からなくなっちゃってたんだよね。
だから、向いてないことを一所懸命やって、いつも苦しい思いをしながら生きてきた。
母親は、私を「勉強もできてスポーツもできて楽器も弾ける、完全無欠の人間」にしようとしてたんだと思う。
本当は嫌なのに、習い事や勉強で毎日やることがガチガチに決められていて、親が不在の時には妹たちの面倒も見ないといけないとか。
全部やりたくないのに、やらないと怒られる。
だから、私にとって人生というのは「義務を果たすべき場所」だった。
「やらねばならない役割を果たすための場所」。
「私が果たすべき役割が用意されてい場所」。
「自分がやりたいこと」をする場ではない。
そして、「私がすべきことをしなければ、誰からも愛されない」。
自分が人生をそう解釈しているから、どこに行ってもその「自分の信念」に沿った行動をする。
そして、その信念通りの出来事が起きる。
それが大人になっても続いて、仕事をしていてもリーダーに指名されたり、責任者になることになったり・・
本心の奥の奥では、本当は嫌だったの!!
でも、なんか周りの人がそう扱ってくるってことはそういう人間なのかな〜?と受け入れて、「自分ってそういう感じの人間なんだな」と自分の性質の解釈を他人や環境に委ねてしまっていた。
私って「リーダーシップがあって」「責任感があって」「マネジメントができる」人間なんだな〜って。
自分についてよく考えることもせず。
そういう人生をずっと生きてると、自分の感性も麻痺してくるしね。
全てがその繰り返し。
結婚にしてもそう。
結婚への解釈が「妻としての役割を果たす場」みたいな感じになってたから、一緒にいても苦しくなる相手を選び、苦しくなるような役割を選んでしまうわけ。
だけど、だけど、勇気を出して否定するけど、それってぜーんぶ間違ってたんだよね!
本当の私は、「何にも縛られずに自由に生きることに喜びを感じる」タイプの人間だったの!!
「責任感」「やり遂げる」みたいなのって、本来の私の性質とはかけ離れた価値観だった。
私は、自分で自由にアイデアを考えついて、自由にやってみたり、やめてみたり、寝たいときは寝て、またやりたくなったら全力でやって!みたいな気ままな人間。
(私だけじゃなくてみんなそうなのかな?)
私は休職することになって、自分を自己分析してみて、やっとそのことに気づいたんだけど、それに気づかないまま、間違った生き方、間違った仕事、間違ったパートナーで生き続けている人って多いんじゃないかと思う。
みんな、自己分析しよう!
自分について知ろう!
自分を知ると、本当に世界が広がって、自分が楽になるよ!!
人生って喜びに満ちてて楽しくて自由な場所だって、気づけるようになるよ!